老人バックパッカーの旅

老人バックパッカーの旅です。期間限定ですが。。。
世界旅に出るごとにブログをアップデートするつもりです

ジャカルタにて

ジャカルタの空港からは、空港バスで鉄道のガンビール駅に行くのがあって、ガイドブックによるとガンビール駅から安宿のある中華街のコタ駅まではコミュータトレインが走っていると書いてありました。ガンビール駅までの空港バス(23,500ルピア、183円)は何とか見つけ1時間程でガンビール駅に着いて、コミュータトレイン乗場を探して改札で聞いていると、改札が行列をなして込んでいたのも有って後ろから太ったおばさんがキーキー声を出して、私を押しのけ改札を通ってしまったので(?!)、列に戻ることも出来ずどうしようかと地図を見ていると、確信も無いのですが2kmも無いのではないかと判断し歩いていくことにしました。ところが荷物をしょっていたせいもあり、思ったよりも(気持ち的に)長かったこと! 聞きまわりながら1時間超ぐらい歩いて、6時50分にやっと路地を少し入ったころに安宿を見つけました。色々有った一日で感激の余りに、写真を取ってしまいました。安宿の前から表通りに向かって撮った路地です。

これがやっとたどり着いた安宿(一泊168,700リンギッド、約1,300円)です。

 
安宿は中華街にあり、コタ駅の北にあるファタヒロ広場に行ってみました。子供たちも広場に向かっていました。広場には観光客がピンクや黄色の派手な貸し自転車で遊んでいました。


広場を更に北に行くと、オランダ時代に建てられた跳ね橋がありました。おじいさんが管理をしていて、入り口を開けてくれて入れてくれましたが、別に入場料は要求されませんでした。残念ながら写真では見えませんが、多くのツバメが飛び交っていました。


地球の歩き方には「コタ地区で時間旅行を楽しむ」とありましたが、道路が悪く、余りきれいではなく、車が多くて道路横断するのも大変でそんなゆったりした時間をすごすのは無理ではないかと思いました。でもそんな中でカード下でビリヤードを楽しんでいる人たちもいました。

そこから眺めた跳ね橋です。


そこから更に車の多い通りを何とか越えたところにオランダ植民地時代の見張り塔(Watch Tower)がありました。そこからの眺めです。海が辛うじて見えます。


そこからすぐの海洋博物館で、見張り塔とあわせて入場料(5,000リンギット、40円)を払いました。中庭は暑くて、「ゆっくり休息しながらバタビア時代に思いをはせる」ことはできませんでした。

インドネシアには昔から色々な国から来ている様子が展示されていましたが、何と日本の占領時代のことも少し有りました。余りいい気持ちがしないような。。。


コタ駅に戻るときに違う道を通ったのですが、トラックターミナルがありました。なんてこと無いですが、運転手のたまり場です。こんなところに出会えるのが、歩く旅の魅力ですね。歩かなければ、絶対に出会えないシーンです。


コタ駅から中華街の安宿に戻る途中に、繁華街であってもこのような廃墟ビルが見受けられます。ビルを立て始めたのはいいですが、金が続かずにそのままほって置かれたものと思われます。アジアの都市ではよく見うけられます。日本では安全管理上、絶対にそのままにはさせないものだと思われますが。


安宿のある中華街の通りの前は秋葉原みたいな電気街で、部品を売る店がひしめいているビルがあるのですが、入り口にトヨタの販売をしていました。ここだけでなく、ショッピングモールの入り口ではよく自動車の展示、販売をしていました。トヨタだけでなく、ホンダ、三菱、日産も見かけました。


中華街の通りには路上本屋さんがありました。おもしろいですね。


同じ通りですが、夕食はここで作った豆腐(厚揚げもどき)、チキン、その他の練り物を載せたご飯をテイクアウトしていました。


独立記念塔の南側でバックパッカー向けの安宿があるというジャランジャクサにいってみたのですが、近くにキャノンの販売、保守店がありました。古いコピーマシンをよくも修理しながら使っているなと感心しました。ちなみにジャランジャクサにはバックパッカーも白人も余り見られませんでした。



ちなみにジャカルタにはバスウェイ(レイルウェイではない)と言うバス専用線を走るバスが有って、ジャカルタは車の混雑が激しいので、専用線を走るそのシステムは非常に便利でした。下の写真はバスウェイのバスストップです。40,000レアル(300円)でICカードを買って、1回乗るごとに3,500ルピア(27円)引き落とされます。ただ、正直言って、ノンコンタクトですがカードの読み取り精度が低く、係員がそばにいて常に補助をしていました。私事ですが、1989年から1996年までICカードビジネスに携わっており、日本製を買えばそんな基本的な使いづらさなど無用なのにと思ってしまいました。


そのバスに乗って、南のほうにある日本人飲食街、スーパーのあるブロックMと言うところに行ってきました(遠いし歩いてはこれませんので、来れたのもバスウェイのおかげです)。日本食レストラン、飲み屋、カラオケなどが10数軒はあったでしょうか。日本人もまだ頑張っているなと思いました。ちなみに、サーモンの手巻きずしセットと掻き揚げと本物のお茶(おーいお茶)を日本スーパーで買って帰りました(思ったよりも安くて52,500リンギッド、410円)。美味しかったー!


今までに無かったことですが、歳のせいか、日本食が食べたくてどうしようもなくて、弁当を頼んでしまいました。すみませんが、がっついていまして写真を撮るのを忘れてしまいました。メニューの写真で勘弁してください!? 右のグラスは暖かい緑茶で、甘くなくて美味しかったです(本当に久しぶりに本物の緑茶を飲みました)


国立博物館です。修学旅行生がいっぱい来てました。


その隣のひろーい敷地にある独立記念塔の中で、説明を受けている生徒たちです。


アジア最大のモスクと言われるイスティクラルモスクの中の写真です。広くて立派です。子供の頃からこんな幽玄なところへつれてこられて、お祈りをさせられるとどうしても染まりますよね。宗教ですね。

半ズボンでしたので、この服を着せられてしまいました。ちなみに担当の人が、偉そうな態度の人でチップは志しでいい(it depens on you)と言うので、2,000ルピアを出そうとしたら、人の財布から10,000ルピア(78円)を抜き取ってOKと言っていました?!

このモスクの隣にキリスト教のカテドラルがあって、モスクからの写真です。


安宿の近くのチャイナタウンを散歩していたら、金徳院というお寺がありました。

夕方でしたので、近所の子供たちの遊び場になっていました。大人たちもその周りでゆっくりしていました。オランダ植民地時代の跳ね橋、Watch Towerあたりでは、ゆっくり出来ませんが、ここではのんびりと過ごせます。


菩薩様、よく見られる道教の女神が祭られていました。

道教の関帝も祀られていました。

十八羅漢像です。左と右に分かれてありました。


金徳院から安宿に戻る路地でチェスをしていました。右側の方が片言の日本語を話し、だいぶ前ですが日本で働いたことがあるそうです。

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